「今度お会いする女性はお母様がしっかり仕込まれて、お料理をはじめ家事全般が完璧な素晴らしい方です」と仲人さんに言われて、食いしん坊の私としては会うのがとても楽しみだった女性がいた。
お会いすると、確かに家事全般に完璧な様子で、それはそれで素晴らしいと思ったが、「最近は私の周りでも料理ができない女性が多いんです。料理を作るのって楽しみなのに、それをしない人の気持ちが理解できません」という話しぶりが私には引っかかった。
優秀な人の中には、能力が低かったり、怠慢な人について語る時、「あの人の気持ちが理解できない」「なぜできないのか理解できない」と“理解できない”を乱発する人がいる。これは女性に限った話ではないが、女性に優しさを求める私としては、この言葉を発する女性に冷たい印象を受けてしまう。
この言葉を発する人たちは優秀な能力をもっているから、凡人のことも理解しようとすれば理解できると私は思う。本人たちもその気になれば理解できると思っているはずだ。あえて「理解できない」と突き放して自分とレベルの低い人たちを区別することによって、自分の優秀さをアピールしたいという思いが潜在的にあるのではないか。
素敵な女性起業家をインタビューし、「せっかく大きなチャンスがあるのに、私の部下たちは燃えないのよ。理解できないわ」と嘆いているのを聞いた時も同じ気分になった。昔から「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と優秀な人に対して謙虚さを求める格言がある。優秀であればあるほど、その優秀さを発揮して凡人のことも理解してほしいと、「理解できない」と言われる対象になりがちな私は強く願っている。
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