ある企業の役員秘書とお見合いをした。お見合いの席で話を聞いていると、彼女は最近、担当になった役員とそりが合わず、仕事に行き詰まりを感じているようだった。
場所を変えて、レストランで食事をしていると、話題が私の会社のことになった。私が「うちの会社には40歳までの社員を対象にした留学制度があるんですよ」と話すと、彼女の目が輝き始めた。
「それって素敵じゃない。夫婦で行けるのですか」と彼女。当時は皆、家族を伴って留学していたので、そう答えると、彼女はいきなり「私、行きたい。ぜひ申し込んでください」と言い出した。
「でも、留学制度に合格するには、難しい社内の外国語テストなどがあって…」と私は及び腰だったが、「大丈夫よ。私が教えてあげる。私、英語は得意ですから。いつも仕事で使っていますから」と彼女。
「どこがいいかしら。やっぱりアメリカね。それも東海岸。ニューヨークがいいわ」と彼女は私が留学制度に合格したものと勝手に想定して、そのうえ、私と結婚したものと想定して留学生活のイメージを膨らませていった。
そのうち、私も彼女の熱気に乗せられ、「そうですね。やはりアメリカですね。とりあえず私が1人で渡米して、向こうでアパートを見つけて生活できるようにしますから、それから来てください」と留学したつもりになってきた。
彼女が「だめよ。一緒に行きましょ。私がアパートを見つけたり、電気やガスの手配をしてあげますから。あなたは勉強に専念してください」とやさしい言葉をかけるものだから、私は「いい人だな。この人のためにぜひ留学するぞ」と感動してしまった。
お見合いの後、私は彼女との留学を真剣に考え始め、留学専門誌などを買い集め始めた時、仲人さんを通じて彼女からのお断りの連絡をもらった。この時ほど女心の不可思議さを感じたことはなかった。どうしてもあきらめきれず、彼女の自宅に電話したが、「仲人さんを通じて連絡させていただいた通りです」とそっけなかった。
今になって彼女の気持ちを推察すると、彼女は私があまり好みのタイプではなく、仲人さんに勧められて私とお見合いをしたものの、最初から乗り気ではなかったのだろう。ただ、今の仕事に行き詰まりを感じて現実逃避をしたいという気持ちがあったから、私の口から留学の話が出たとたん、留学によって今の生活から解放されるという期待感が広がったのではないだろうか。
しかし、お見合いを終えて帰宅し、翌日になってよく考えると、自分が好みのタイプでもない男性と結婚するわけがない。それゆえ、留学は当然、夢物語。そんな夢物語に酔ってしまった自分が恥ずかしいし、そんなことを話してしまった相手には早く「お断り」の連絡をしたい。そんな思いではなかったかと私は思う。
お見合いでいくら話が盛り上がっても、しょせんは初対面の他人同士である。初回で盛り上がり過ぎて結婚話を進めてしまうと、帰宅後、初対面だったことを思い出した時の落差が大きい。これ以降のお見合いでは、私はお互いに気が合ったケースでも、冷静さを失わないように、あまり結婚話に踏み込まないように努めたうえ、早めに切り上げるようにした。
〈PR〉

最近のコメント